印章作品二人展/秀碩WEB記念館

秀碩、最初にして最後の(ミニ)展覧会

秀碩・博幸「印章作品二人展」

■岩本 博幸さん

秀碩は故郷・金沢から上京後の昭和28年(1953)、篆刻家・関野香雲に師事します。
その一足先に入門していたのが、当時築地に店を構えていたハンコと印刷の店、雅巧堂の長男・岩本 博幸さんでした。
年齢が近かった(秀碩が2歳年上)こともあって二人はすぐに意気投合、互いが家庭を持つと家族ぐるみの交際が始まります。

■毎年夏の岩井海岸

毎年夏にはもうひと家族を加えた3家族で千葉・岩井海岸の民宿に3泊4日で海水浴に出かけました。
そしてその時、博幸さんと秀碩がそれぞれの8㍉カメラで撮影したフィルムを現像に出し、夏の終わりに再び集まって映写会を行いました。
私自身、子供心にも岩井海岸で博幸さんご一家と楽しく過ごすのを毎年の楽しみにしてきました。

これは完全に余談になりますが、数年前に発見した、当時岩井海岸で撮影された8㍉フィルムを編集してyoutubeにアップしたところ、富山在住のインディーズバンドから、
「この動画を私たちの新曲のミュージックビデオに使わせていただきたい」
との連絡をいただきました。

もちろん快諾、できあがったのが↓です。

ディープ・シー/インテリアパレットトウシューズ

主人公は当時3歳の妹、怖いもの知らずの性格で、ひとりでズンズン海に入っていきます。
そしてエンディングで彼女の手を引いていく男性が、父親である若き秀碩です。

■博幸さんからのお誘い

-閑話休題。

長々と横道に逸れ、たいへん失礼申し上げました。
その岩本 博幸さんが平成24年(2012)1月、秀碩に相談があると目黒・不動前の工房にお越しになりました。
なぜか私も呼ばれ、同席して博幸さんの話を聞くことになりました。

■面白い、やりましょう!

博幸さん曰く、

「知り合いに新宿にある小さなギャラリーを紹介されました。
そこで私たち二人(博幸さんと秀碩)で個展を開きませんか?」

お話を持ってきてくださった博幸さんにはたいへん申しわけないのですが、正直言って私自身は、決して賛成できませんでした。
ただでさえ数多くの注文を抱える秀碩に、展覧会の準備を行う時間的・体力的な余裕など、とてもあるとは思えなかったからです。

しかし、そんな愚息の心配をよそに、それを聞いた秀碩は博幸さんの手を握らんばかりに興奮して、

「面白い、やりましょう!」

まさに二つ返事とはこのこと、おいおい、大丈夫かいな…。

それ以降、二人の熱意に押されまくった私は、気がつくとほとんどプロデューサーのような役割を果たしていました。
展示品の選定はもちろん主役の二人にお任せしましたが、会場内および展示品のレイアウト、図録のデザイン制作、案内状の原稿執筆、送付リストの作成などなど…やるべきことは山のようにありました、とても楽しかったけれど。

10月には二人の写真撮影を行い、図録デザインも完成、やがて印刷もできあがるなど、準備は着々と整っていきました。

ところが11月に入ると秀碩の体調が徐々に思わしくなくなり、遂には開催を数日後に控えて緊急入院することになってしまいました。

■主役の片方不在のまま開催

それでも、岩本 博幸さんと秀碩による「印章作品二人展」は予定通り、平成24年(2002)12月1日(土)から同月9日(日)までの9日間、西新宿・ヒルトン東京B1Fヒルトピア「レスパス コウキ」にて開催されました。

松崎 秀碩プロフィール
岩本 博幸プロフィール

数々の展示作品にも増して好評だったのが、46インチのモニターで常時放映した本展示会のメインビジュアルでもある6cm角印を彫刻する秀碩の様子。
多くの同業者の友人・知人の皆様が長時間、食い入るようにご覧になっていたのが印象的でした。

松崎 秀碩・岩本 博幸「印章作品二人展」会場内の様子

■たくさんの応援メッセージ

しかし会期中、秀碩の来場はついに叶いませんでした。
無理をすれば短時間でも、車椅子に乗って来れないでもありませんでしたが、それは秀碩本人が固辞しました。
恐らく、病み衰えた姿を見せてご来場の皆様方に心配をかけることを、彼自身が了としなかったのでしょう。
(一方、岩本 博幸さんはまさしく孤軍奮闘、連日にわたり終日会場に詰め、ご来場のお客様に秀碩の作品も熱心にご説明くださいました、ありがとうございました)

そこで、会場の隅に秀碩の不在を詫びる告知を掲示し、併せてご来場いただいたお客様に秀碩へのメッセージをお書きいただければとノートを用意しました。
するとありがたいことに、実に多くの皆様が闘病中の秀碩に暖かいお言葉をお寄せくださいました。

特に秀碩の技術講習会での教え子さんのひとりが、会場の様子をタブレットで撮影し、その足で秀碩の入院先に駆けつけて、二人展会場の動画を見せてくださったのには大いに頭が下がりました。

■最後に咲いた大輪の花

こうして秀碩初の個展(二人展)は本人不在のまま、大成功に終わりました。
病床の本人もその成功をたいそう喜び、晴れ晴れとした表情で、実に印象深い言葉を残しました。

「人生最後の最後で、大輪の花を咲かせることができた、もう何も悔いはない」

この場を借りて、このような素晴らしい企画に秀碩をお誘いくださいました彼の長年の親友・岩本 博幸さんに、改めて心より厚く御礼申し上げます。
ありがとうございました。

松崎 秀碩と岩本 博幸、和やかなツーショット

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